東京高等裁判所 昭和48年(行ケ)9号 判決 1975年1月30日
原告
甲野太郎(仮名)
右訴訟代理人
林利男
被告
日本弁護士連合会
右代表者会長
堂野達也
右訴訟代理人
阪野滋
ほか二名
主文
被告が昭和四七年一〇月一九日原告に対してなした審査請求棄却の裁決を取消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実
原告訴訟代理人は、主文と同旨の判決を求め、請求の原因及び被告の抗弁に対する答弁として、次のとおり陳述した。
一、原告は、甲弁護士会所属の弁護士であるが、昭和四四年一〇月二一日乙弁護士会に登録換の請求をしたところ、乙弁護士会は右請求を受けた日から三箇月を経ても被告に右請求の進達をしないので、原告は、弁護士法第一二条第四項の規定により右請求の進達を拒絶されたものとみなし、昭和四六年四月二〇日行政不服審査法により被告に対し審査請求をしたが、被告は、資格審査会の議決に基き、昭和四七年一〇月一九年原告の審査請求を棄却する旨の裁決をし、右裁決は同年同月二三日原告に送達された。しかし、右裁決は不当であるので、その取消を求めるものである。
二、被告が主張する、審査請求棄却の理由は、いずれも失当である。
即ち、
(一) 二重事務所設置禁止違反について
原告の法律事務所の設置及び住所の変動については、被告主張の事実を認める。しかし、原告は昭和三一年三月弁護士の登録を取消された後、先輩、友人の援助、激励を得て、再び弁護士として出発することを決意し、昭和三七年春頃から横浜市北区日吉町所在の三和荘の一室を賃借し、同年八月一日弁護士として再登録をして甲弁護士会に入会し、法律事務所を友人の堀内弁護士の事務所内に設置する旨の届出をなした。しかるに、右法律事務所はその当時事実上閉鎖されていて、執務することが不可能であつたところ、同弁護士より執務が可能となるまで自宅で待機するよう指示されたので、原告は、同年一〇月始め頃東京都練馬区春日町に一戸を借受けて同所に転居し、受任事件もなく、苦しい生活を続けながら待機していた。そのうち、同年一一月頃幼児の頃から病弱であつた長男が精神病のため入院し、原告も神経衰弱となり、精神的及び経済的に大きな打撃を受け、東京における生活を維持することができなくなり、同年一二月末弁護士再登録の際の引受人である谷村唯一郎弁護士と相談し、その了解を得たうえ、神戸市の妻の実家に転居し、同所で静養し、健康の回復を待つて、昭和三八年一〇月門真市においてアパートの一室を借受け、同所で生活するうち訴訟事件の委任を受けるようになつたものであつて、その後大阪近辺において数回住所を変えたが、いずれも法律事務所としての体裁をとらないように配慮し、事務員も置かず、身をかがめた生活をしてきたものである。以上の次第で、原告は、当初の意思に反して東京から関西に転居せざるを得なくなつたものであるが、東京では法律事務の執務が全然できなかつたのであり、関西で訴訟事件を受任するようになつて間もない昭和三九年八月には乙弁護士会に第一回目の登録換の請求をしているのであるから、実質的にみて二重の法律事務所を設置したことに当らないものというべきである。
(二) 原告が罰金刑を受けた事実を履歴書に記載しなかつたことについて
原告が被告主張のとおりの罰金刑に処せられたこと及び右事実を弁護士再登録の請求の際の履歴書に記載しなかつたことはいずれも認めるが、その余の事実は否認する。即ち、原告が不動産取引業近畿不動産有限会社の取締役に就任したのは、弁護士登録取消後のことであり、罰金刑に処せられた事実を履歴書に記載しなかつた理由は、弁護士の欠格事由に該当しないので記載の必要がないと考えたことによるものであつて、悪意をもつて右事実を隠したのではない。
(三) 高輪製作所事件について
原告が被告主張の訴訟事件につき株式会社高輪製作所の委任を受けて訴訟代理人となり、右事件につき相手方株式会社千代田工業所と裁判上の和解をしたこと及び原告が右事件につき着手金残額及び報酬として金一五〇万円を受領したこと、以上の事実は認めるが、その余の事実は否認する。原告は右訴訟事件の受任に当り、株式会社高輪製作所の代表取締役竹田外次郎から裁判上の和解をなす権限を与えられていたことは勿論、同人から右事件の処理については同会社の監査役加藤恭次郎に一任しているので、同人と相談して処理して貰い度い旨の指示を受け、加藤と和解の内容について充分打合せをし、更に竹田の承諾も得たうえ和解を成立せしめたのであるから、右和解成立の措置について原告が非難を受けるべきいわれはない。和解の内容についても、債務者である株式会社高輪製作所と先順位担保権者である株式会社千代田工業所との間において、担保の目的物につき代物弁済による所有権の移転を認め、所有権移転登記手続をなすべき旨を定めた和解を成立させることは、なにら後順位担保権者の権利を不法に害するものではなく、また右担保の目的物たる土地建物の評価額に関する被告の見解は不当であつて、たとえ右訴訟において原告が株式会社高輪製作所のため清算金請求権の抗弁を提出しても、後順位担保権者に対する弁済にあてられ、株式会社高輪製作所が右清算金を取得し得る見込がなかつたから、金五五〇万円の示談金をもつて成立せしめた右和解の内容が株式会社高輪製作所に不利益であるとする被告の主張は失当である。また右事件の報酬額についても、被告の原告に対する非難はまつたくその前提事実を誤つているものであつて、失当である。
三、以上の次第で、原告の本件登録換の請求が認められても、なにら弁護士会の秩序及びその信用を害するおそれはなく、被告がなした本件裁決は事実の認定及びその評価の点において誤つているものであるから、右裁決は取消されるべきものである。
被告訴訟代理人は、請求棄却の判決を求め、請求原因に対する答弁及び抗弁として、次のとおり陳述した。
一、請求原因第一項の事実については、被告の裁決が不当であるとの点はこれを争うが、その余の事実は認める。
二、被告が乙弁護士会において原告の登録換の請求を進達しなかつたことを相当とし、原告の審査請求を棄却した理由は次のとおりである。
(一) 原告は、昭和三七年八月一日弁護士の再登録をして甲弁護士会に入会し、同時に法律事務所を東京都中央区室町二の八東信ビル堀内法律事務所に設置する旨の届出をしたが、同年一二年末頃には神戸市内に転居し、その後大阪府及び兵庫県内において住所を転々と変えながら右住所において法律事務を執務し、その間、昭和四一年一一月二八日以降は東京都千代田区外神田五丁目五番一五号株式会社さつき書房内に、昭和四三年四月五日以降は同都渋谷区千駄ケ谷三丁目六〇番四号林利男法律事務所内に、それぞれ法律事務所の設置場所を変更する旨の届出をなしたが、これらの場所においては全然執務せず、法律事務所の地域的制限の規定を無視し、二重事務所設置の禁止に違反したものである。
(二) 原告は、昭和三一年三月弁護士の登録を取消されたものであるが、右登録取消の前後を通じ、当時所属していた丙弁護士会の許可を受けることなく、却つて同弁護士会より不許可とされたにもかかわらず、営利を目的とする法人の取締役に就任し、その間宅地建物取引業法違反の罪を犯して罪金三万円に処せられ、また昭和三二年九月二日頃から同三三年一二月一七日頃迄の間六回にわたり大阪地方裁判所所属執行吏代理に対して合計金六万円を供与したという贈賄の罪を犯して罰金五万円に処せられながら、昭和三七年八月の弁護士再登録の請求の際、履歴書に右事実を記載しないでこれを秘匿した。
(三) 原告は、訴外株式会社千代田工業所を原告とし、訴外株式会社高輪製作所他三名を被告とする、神戸地方裁判所昭和四四年(ワ)第一六〇二号所有権移転登記等請求事件において、株式会社高輪製作所の委任を受けて訴訟代理人となり、昭和四五年四月四日同裁判所において相手方株式会社千代田工業所との間で裁判上の和解を成立せしめたが、右事件の処理等に関して左のごとき不都合を生ぜしめた。
(ⅰ) 事件の処理について、原告は和解の権限を委任されておらず、仮に委任されていたとしても和解の内容、特に示談金の額について具体的に依頼者に説明してその承諾を得ていなかつたこと、和解に当つて右事件の相被告である後順位債権者との関係で問題を残したこと、示談金の約定については、裁判外において所有権移転登記義務を定めた契約書とは別箇の契約書を作成し、裁判上の和解条項には右示談金の約定を除外しながらその理由を示さなかつたこと及び相手方株式会社千代田工業所の債権額に比して代物弁済の対象となつた不動産(土地建物)の価額が著しく高いのに、右物件の所有者として清算金請求権に基く抗弁を提出しなかつたことなど、右事件の受任者としての誠意を著しく疑わしめるような状態で右和解を成立させた。
(ⅱ) 報酬について、株式会社高輪製作所が右和解により支払を受けることとなつた示談金は五五〇万円であつて、いわゆる涙金に過ぎないのに、原告は、恰も本来請求できない金員を獲得したかのごとき説明をして金一五〇万円という高額の報酬を取得し、同会社の監査役加藤恭次郎よりその一部の返還を求められながら、これに応じなかつた。
以上の(一)乃至(三)の事実がいずれも大阪周辺で起きていることからみて、原告の本件登録換の請求を認容することは弁護士の信用を失墜せしめ、ひいては弁護士会の秩序若しくは信用を害する虞があるものというべきであるから、右登録換の請求はこれを拒絶すべきものである。
三、以上の次第で、乙弁護士会が原告の本件登録換の請求を被告に進達しなかつたことは相当であり、これに対する原告の審査請求を棄却した本件裁決は正当である。よつて原告の本訴請求は失当であり、棄却さるべきである。
(証拠)<省略>
理由
請求原因第一項の事実は、被告がなした本件裁決が不当であるとの点を除いて、当事者間に争いがない。
そこで、本件裁決の当否について検討する。
(一) 原告が昭和三七年八月一日弁護士の再登録をして甲弁護士会に入会し、同日法律事務所を東京都中央区室町二の八東信ビル堀内法律事務所内に設置する旨の届出をなし、その後事務所の設置場所を、昭和四一年一一月二八日以降同都千代田区外神田五丁目五番一五号株式会社さつき書房内に、昭和四三年四月五日以降同都渋谷区千駄ケ谷三丁目六〇番四号林利男法律事務所内にそれぞれ変更する旨の届出をなしたが、昭和三七年一二月末頃関西方面に転居し、以後大阪府及び兵庫県内に住所を定め、右住所地において法律事務の執務を行い、前記届出にかかる事務所においては執務していないこと、以上の事実は当事者間に争いがない。
而して、<証拠>によれば、およそ次の事実を認めることができる。
原告は、昭和二四年七月検事を退官し、同年八月弁護士の登録をして丙弁護士会に入会したが、昭和三〇年八月建造物侵入等の罪により執行猶予付懲役刑に処せられ、昭和三一年三月登録取消の処分を受け、その後不動産取引業を営む会社の取締役に就任したりなどしていたが芳しくなく、執行猶予期間満了後は弁護士として再出発しようと決意した。しかるに大阪近辺の弁護士会では反対者があつて入会の見込がなかつたが、東京では郷里の先輩や修習生時代の友人の支持があつたので、昭和三七年春頃横浜市港北区日吉町所在の三和荘の一室を借受けて居住し、同年八月一日弁護士の再登録をして甲弁護士会に入会し、法律事務所を、右再登録に当り引受人となつてくれた友人の堀内法律事務所内に設置する旨届出をした。しかるに、同法律事務所は当事時実上閉鎖されていて執務することができず、堀内弁護士から暫く自宅で待機するよう指示されたので、原告は同年一〇月頃東京都練馬区春日町に一戸を借受け、同所に居住しながら、受任事件もなく、ひたすら待機していた。しかるに、その頃長男が病気のため入院し、原告も神経衰弱で倒れ、精神的にも経済的にも大きな打撃を受け、東京での生活を維持できなくなり、同年一二月末頃神戸市の妻の実家を頼つて転居し、暫く同所で静養し、やがて健康も回復したので、昭和三八年一〇月頃大阪府門真市のアパートの一室を借受けて居住するうち、知人を通じて訴訟事件を受任するようになつた。もともと原告は関西大学の出身者であり、また前記執行猶予期間中精神修養のため入会した宗教団体の関係もあつて、大阪近辺に知人が多く、これらの知人を通じ事件の依頼を受けることが多くなつてきたため、原告は昭和三九年八月乙弁護士会に第一回目の登録換の請求をしたが、右請求の進達を拒絶され、被告に対し審査請求をしたところ、これも昭和四二年二月に棄却された。しかし、原告は東京での生活の失敗にこりて、再度上京する自信がなく、また乙弁護士会所属の相当数の弁護士が原告の登録換の請求を支持してくれるようになつたので、原告は昭和四四年一〇月第二回目の本件登録換の請求をしたものである。なお、原告はその間大阪府及び兵庫県内において数回転居し、その住所で法律事務の執務を行つてきたが、看板を掲げるなど事務所の体裁を整えることを避け、事務員も置かず、専ら知人の紹介によつて事件を受任してきたものであり、東京の届出にかかる法律事務所においては全然執務していない。
およそ以上の事実を認めることができ、右認定を覆すに足りる証拠はなく、また原告が始めから東京で執務する意思がないのに、弁護士の再登録のための便宜上甲弁護士会に入会したものと認めるべき証拠はない。
(二) 原告が前記登録取消の処分を受けた後、宅地建物取引業法違反の罪により罰金三万円及び贈賄の罪により罰金五万円に各処せられたこと及び弁護士の再登録の請求をした際、提出した履歴書に右事実を記載しなかつたことは、当事者間に争いがない。しかし、原告が登録取消処分前に丙弁護士会の不許可にも拘らず営利を目的とする法人の取締役に就任したとの点については、これを認めるに足りる証拠はない。
(三) 原告が、訴外株式会社千代田工業所を原告とし、訴外株式会社高輪製作所他三名を被告とする神戸地方裁判所昭和四四年(ワ)第一六〇二号所有権移転登記等請求事件において、株式会社高輪製作所の委任を受けて訴訟代理人となり、昭和四五年四月四日同裁判所において相手方株式会社千代田工業所との間に裁判上の和解をしたことは、当事者間に争いがなく、かつ<証拠>によれば、右株式会社高輪製作所の代表取締役竹田外次郎は右和解について不満を抱いていることが認められる。
そこで、右和解成立の経緯及び和解の内容について検討するに、<証拠>によれば、およそ次の事実を認めることができる。
訴外株式会社高輪製作所は昭和三八年一二月頃約四億七〇〇〇万円の債務を負つて倒産し、それ迄代表取締役社長をしていた高輪精一が退任し、常務取締役であつた竹田外次郎が代表取締役社長に就任して負債の整理に当つた。訴外株式会社千代田工業所は昭和四四年一二月頃訴外播磨農業協同組合等から株式会社高輪製作所に対する約六〇〇〇万円の債権と同会社所有の土地建物(工場)に設定した順位一番の根抵当権及び代物弁済の予約による所有権移転請求権(仮登記担保権)を譲受け、その頃株式会社高輪製作所に対して右代物弁済予約完結権を行使するとともに、同会社に対し仮登記の本登記手続及び後順位担保権者に対し右本登記手続につき承諾を求める訴を神戸地方裁判所に提起した。株式会社高輪製作所では監査役加藤恭次郎が予てから原告と知合いであつたので、原告を社長竹田外次郎に紹介し、原告に右訴訟事件の処理を委任することになつた。その際原告は、相手方、裁判所、事件番号及び事件名を記入し、かつ和解、調停、請求の放棄、認諾、復代理人の選任等民事訴訟法第八一条第二項所定の特別委任事項の印刷してある訴訟委任状の用紙を交付して、竹田外次郎がこれに署名押印した。更に原告は昭和四五年二月頃神戸市内の料理店しる一において竹田外次郎及び加藤恭次郎と面会して事件の打合せをした際、竹田外次郎から、本件については一切を加藤恭次郎に委せてあるので、同人と相談をして処理して貰い度いとの指示を受けた。その後株式会社千代田工業所から示談金五〇〇万円を提供するから和解して貰い度いとの提案がなされ、原告及び加藤恭次郎は訴訟の目的物たる土地建物を約一億五〇〇〇万円前後と評価し、たとえこれを処分しても株式会社高輪製作所に清算金が支払われる見込がないので、右和解の提案を受入れた方が良いと考えて、その旨を竹田外次郎に伝えた。しかるに竹田外次郎は右示談金の額が低額に過ぎるので、一〇〇〇万円以上にするよう交渉すべきであるとの意向を示した。そこで原告と加藤恭次郎は更に株式会社千代田工業所側と折衝し、右示談金の額を五五〇万円迄譲歩させたが、それ以上の譲歩を期待できなかつたので、右金額で和解するもやむなしと考え、その旨を竹田外次郎に伝えることなく、同年四月二日株式会社千代田工業所の代理人弁護士西阪幸雄の事務所において、株式会社千代田工業所代表取締役難波孝、西阪幸雄弁護士、加藤恭次郎及び原告が立会し、株式会社高輪製作所は前記土地建物の所有権が株式会社千代田工業所にあることを確認し、同会社のため所有権移転請求権保全仮登記に基く本登記手続をなし、これにより両会社の債権債務の消滅したことを確認するとともに、株式会社千代田工業所は株式会社高輪製作所に示談金五五〇万円を支払う旨の和解契約を締結し、直ちに右示談金の授受を了し(但し、現金一二〇万円及び約束手形四三〇万円)、原告は右示談金のうちから報酬として現金五〇万円及び額面一〇〇万円の約束手形一通を取得し(それ迄に着手金として五万円を受領していた)、同年同月四日神戸地方裁判所において右と同趣旨の裁判上の和解(但し、示談金の点は和解条項から除外)を成立させた。なお、その後原告は、加藤恭次郎から、原告が取得した報酬が高額なので、一部を返還して貰い度い旨の要請を受けたがこれに応じなかつた。また、右和解が成立したにも拘らず、株式会社千代田工業所のため所有権移転の本登記手続がなされる前に、他の債権者の申立により前記土地建物が競売に付され、約一億八〇〇〇万円で競落され、株式会社千代田工業所は競落代金のうちから配当を受け、その残額は他の債権者に配当され、株式会社高輪製作所は清算金の支払を受けられなかつた。
およそ以上の事実を認めることができる。<証拠判断省略>
そこで、以上(一)乃至(三)の事実に基き、原告の本件登録換の請求を認容することにより、弁護士会の秩序若しくは信用を害する結果を招く虞があるか否かについて検討する。
先ず(一)の点について、原告は昭和三七年八月弁護士の再登録をして甲弁護士会に入会し、東京都内に法律事務所を設置した旨の届出をしながら、同年一二年末神戸市に転居し、以後大阪府及び兵庫県下の住所において法律事務の執務をしていたものであるから、法律事務所を設置すべき場所を地域的に制限し、かつ二重事務所の設置を禁止した弁護士法第二〇条の規定に違反したものであることは否定できないところである。しかし、右禁止規定の実質的な理由は、弁護士が二箇以上の法律事務所を設置して法律事務の執務を行えば、責任の所在が不明確となり、ひいては非弁護士と提携する弊害を招く虞があることに存するものと解されるところ、前記認定の事実によれば、原告は甲弁護士会に入会後届出をした法律事務所においては全然執務できなかつたのであり、原告が大阪近辺に転居したのもやむを得ない生活事情によるものと考えられ、しかも、大阪近辺で法律事務の執務に当るようになつてから間もなく、乙弁護士会に登録換の請求をしているのであるから、たとえ原告の行為が形式的に弁護士法第二〇条の規定に違反するとしても、その実質的な違法性は軽微というべきである。第一回目の登録換の請求が拒絶された以上は、東京の届出事務所において執務すべきであるとの被告の見解にも一理あることは否定できないが、右見解は原告に対し再度東京に転居することを要求するに等しいものであり、原告の生活事情に照らし酷に過ぎるものというべきである。従つて右事由をもつて原告の本件登録換の請求を認容することが弁護士会の秩序若しくは信用を害する虞があるとする被告の主張は採用できない。
次に(二)の点について、原告は、罰金刑に処せられた事実を履歴書に記載しなかつた理由として、右事実は弁護士の欠格事由に該当しないので記載する必要がないものと考えた旨弁解しているが、弁護士の登録を請求する際に提出する履歴書は、それによつて単に弁護士としての欠格事由の有無を確認するにとどまるものでなく、弁護士会において同会に入会すべき弁護士の身上に関する重要な事項を把握し、指導監督に遺憾のないことを期するうえに必要なため提出させるものであるから、欠格事由の有無のみならず、罰金刑に処せられた事実のごとき身上に関する重要事項は洩れなく記載すべきものであつて、原告の右弁解は失当であるといわなければならない。
また(三)の株式会社高輪製作所事件について、原告が同会社の代表取締役竹田外次郎から裁判上の和解をなす権限を与えられていたこと、相手方株式会社千代田工業所と和解をするに当り、竹田外次郎から右事件の処理を一任されていた株式会社高輪製作所の監査役加藤恭次郎と相談し、その承諾を得ていたこと及び右事件の目的物件たる土地建物がその後競売された結果、競落代金は全部担保権者に配当され、株式会社高輪製作所に返還さるべき残額が全然なかつたことからみて、示談金五五〇万円で和解をしたことは必ずしも同会社に不利益ではなかつたと考えられること、以上の点においては一応原告の主張を肯認することができる。しかし、右和解に先ち、竹田外次郎が原告及び加藤恭次郎に対し、示談金は一〇〇〇万円以上にするよう株式会社千代田工業所と折衝するように告げ、同会社の提案した和解の内容に不満の意を表していたのであるから、たとえ原告が法律上和解の権限を有し、かつ示談金五五〇万円で和解するのもやむを得ないと判断していたとしても、依頼者の信頼に応え、誠実にその職務を行うべき弁護士としては、竹田外次郎に対し、事件の見とおし及び和解の内容の合理性について充分説明し、その納得を得たうえで和解を成立させるべきであつたといわなければならない。しかるに原告は、竹田外次郎が和解の内容に納得していないことを知り、または当然知り得べきであつたにも拘らず、和解の成立を急ぐ余り、竹田外次郎に対して説明を尽さないばかりか、和解の席上に同人を立会させないで和解を成立させ、同人をして右和解に不満の念を抱かせたことは、弁護士として受任事件の処理につき遺憾な点があつたといわなければならない。また、右和解成立後原告が取得した報酬の点についても、その額の当否は別として、依頼者の充分な納得が得られていなかつたため、後に加藤恭次郎から一部の返還を求められる事態を招いたものであつて、弁護士の社会的信用にとつて好ましくない出来事というべく、原告にとつて反省を要するものと考えられる。
以上のとおり、(二)及び(三)の点において原告に弁護士としての社会的信用にかかわる遺憾な点がなかつたとはいうことができない。しかし、右の事実が原告の本件登録換の請求を拒絶すべき事由たり得るか否かつにいては、更に別の考慮が必要である。即ち、登録換の請求の場合には、新規登録の請求の場合と異り、請求人の弁護士たる資格そのものが問題になるわけではないから、弁護士法第一二条の規定する弁護士会の秩序若しくは信用を害する虞があるか否かを判断するに当つては、登録換の請求を認容することが特に右のような弊害を生ずる原因となる虞があるか否かを基準とすべきものと解すべきである。けだし、もし然らずとすれば、登録換の請求に対する許否が懲戒処分的色彩を帯びることとなつて、制度の趣旨を逸脱し、妥当を欠くことになるからである。本件においては、前記のごとく、原告はやむを得ない生活事情のもとに大阪近辺に転居したものであり、また、東京においては弁護士としての業務に成功の見込がなく、そのため、原告は現在東京に転居する意思も、また東京で法律事務に従事する意思もなく、原告の経歴及び知人関係からみても、東京よりは大阪近辺において弁護士としての活動分野が大きいことも明らかであり、しかも現在乙弁護士会所属の相当数の弁護士が原告の登録換の請求を支持していることが認められるのである。この際、原告の本件登録換の請求を拒絶することにより、原告の大阪近辺での法律事務の執務に制約を加えることはさきに(一)の点として述べた弁護士法第二〇条違反の状態を継続せしめることとなり、却つて登録換の請求を認容するよりも一層弁護士会の秩序若しくは信用を害する結果を招く虞が大きいともいうことができるのであつて、さきに(二)及び(三)の点として述べたような事実についても、原告の今後の自省によつてこのような過を是正することを期待できないわけではなく、むしろこの際原告の乙弁護士会に対する登録換の請求を認容し、原告に対する同弁護士会の監督指導に遺憾のないことを期するとともに、原告の弁護士としての更正を期待することが、弊害発生の害を少くする所以であるというべきである。<以下省略>(平賀健太 安達昌彦 後藤文彦)